第27回(2016/12/06)
12月に入り、当院でもインフルエンザや風邪の患者さんが増えてきています。
今回は「 風邪を治せば一人前!!」と題して、この季節に流行する風邪への対処薬と風邪にまつわる名医のお話をご紹介したいと思います。
「風邪は万病の元」という言葉をよく耳にしますよね。
これは文字通り、風邪のような些細な病でも放っておけば様々な病に転じるから、用心が必要で、たかが風邪と甘く考えてはいけないという戒めの言葉です。同じ意味で別の言い方では「風邪は百病の長」という言い方もあります。
この日常診療でよくみる風邪(かぜ)なのですが、西洋医学的には風邪(かぜ)という病気はなく、一般的には原因の種類に関係なく上気道(鼻やのど)の急性炎症によるくしゃみ、鼻水、鼻づまり、のどの痛み、咳、痰、頭痛などに加え、発熱、全身倦怠感、食欲不振などの全身症状をともなう一連の病態を総称して「かぜ症候群」として取り扱っています。
一方「風邪」は「かぜ」以外に「ふうじゃ」とも読め、これは風の邪気、すなわち風邪(ふうじゃ)によって引き起こされる病気の概念で、昔から東洋医学でも重要視されていたもので、いろいろな治療薬が工夫されて現代にまで伝わっています。その中でも最も有名なものは葛根湯でしょう。落語に葛根湯医者というのがあるぐらいです。ちょっと紹介してみますね。
町の衆がやってきて「先生、今朝ほどから頭が痛いんですが」と訴えると、先生が「それは頭痛だな、それでは葛根湯をお上がり」。また別な患者さんが付き添われてやってきて「先生、夕べから腹くだしが始まってお腹が痛いのですが」と訴えると、先生が「それは腹痛だな、それでは葛根湯をお上がり」。さらに先生が「そちらの方は? 」。「いえ、私は付き添いで来ただけで」と答えると、先生が「付き添い?それは退屈でしょう。葛根湯をお上がり」
というわけで、この先生はどんな症状の患者さんにも葛根湯を処方したことから藪医者という皮肉をこめて「葛根湯医者」という名前を頂戴してしまったようですが、本当にこの先生は藪医者だったのでしょうか?漢方に詳しい方ならもうおわかりですね。一概にこの先生は藪医者とは言えないのですね。付き添いの人に退屈だから葛根湯というのは別として、葛根湯は風邪にも頭痛にも下痢にも使える本当にすばらしいお薬なのですね。
ただ、実際の臨床ではそうそう葛根湯だけで治る風邪の人ばかりがきてくれるわけではありません。これが、風邪の治療の奥深さと難しいところで風邪を治せば一人前といわれる所以なのです。
それではどのような点に注目して風邪の治療をすれば良いのでしょうか?
これはその患者さんの症状と体力、また発症の時期などを考慮して対応すればよいと思われます。
多くの処方の鑑別がありますが、ここでは代表的な風邪症候群に使われる処方をご紹介したいと思いますね。まずは体力がある人(実証)むけの処方で、熱があるのに寒気がして、汗をかいていない場合には麻黄湯や葛根湯を考えます。とくにインフルエンザなどで関節痛や咳がひどい場合には麻黄湯、後頚部や背中のはりなどを訴える場合には葛根湯を考慮します。この場合には脈が浮いていて強いことも鑑別のポイントです。
次に体力が中間の人(虚実間証)むけの処方では桂麻各半湯と小青竜湯です。寒気が少なく、熱感が強くてじわりと汗をかいていて、のどが痛い場合には桂麻各半湯、熱感は少なくてすこし青白い顔をしていてくしゃみや鼻水がひどい場合には小青竜湯を使用します。
次に体力がない人(虚証)むけの処方では麻黄附子細辛湯です。これは寒気や手足の冷えがつよく、脈が沈んでいるのが特徴です。頭痛やのどの痛みにもききます。高齢者の風邪などにもよく使用されますね。
他にも咳には麦門冬湯、のどの痛みには桔梗湯、風邪の後なんとなくすっきりしないものに柴胡桂枝湯などいろいろと有用な処方があり、それらの組み合わせで風邪による自覚症状をはやく治してあげることができます。西洋薬とくらべても自覚症状を早く治し、しかも経済的にも有効であるという論文もあります。
これは日本東洋医学雑誌50巻第4号に発表された論文「かぜ症候群における薬剤費の薬剤疫学および経済学的検討」という論文ですが、要約すると風邪症候群に対して1日当たりの薬剤費を算定すると西洋薬治療群では203.8円、漢方薬治療群では119.6円と約60% ほど安価になったというものです。また平均の処方日数(これは治療日数と関連があると思われますが)も西洋薬群は6.7日、漢方薬群は4.0日と短くなっているのです。
もちろん西洋医学的に抗生物質などが必要な場合もあり、これは適切な治療が必要ですが、一般的な風邪症候群では適切な漢方薬を適切に処方すれば早く安く治療できる可能性があるのかもしれませんね。
最後に江戸後期の名医であり14代将軍徳川家茂(とくがわ いえもち)の侍医でもあった尾台榕堂(おだい ようどう)先生(1799-1870)のエピソードをご紹介したいと思います。「方伎雑誌(ほうぎざっし)」に当時13歳だった榕堂先生がやむを得ない事情で高熱患者さんを往診します。そして往診から帰り、医師であった祖父にその様子を聞かれ頭痛、発熱、全身の痛み、脈が浮いていて、早く、力強かったことを報告します。そして祖父に「どのような処方が適当か?」と問われ「麻黄湯ではいかがか?」と返答したところ「でかしたり!!」と褒められたという逸話が載っています。さすがに将軍の侍医だけあって、子供の頃からの名医だった訳です。まさに風邪を治せば一人前なのです。
私も自分が風邪をひいたときには漢方をすぐに飲んで、ここ十数年以上風邪はひいていますが、すぐに治ってしまうため仕事を休んだことはありません。風邪をひかないほうがよいのですが、万が一風邪をひいたりして体調を崩された場合には当院は年末は12月31日の午前中まで、年始は1月4日から通常通り診察をしておりますので、我慢せず早い目に受診されてください。